■アヤカシ回顧録■

■第6回■
作:じんべい、籐太 / イラスト:浮月たく


―1―

 月のない夜。

 和風の調度で整えられた私室は、必要な物以外、置かれていない。

 数十畳という広さもあって、広漠とした印象さえある。


 私は今、部屋の中心で苦痛に悶えていた。

 闇の中、畳の上を蛇のようにのたうちまわる。

 また眠れそうにない。

 腹の底から無数の蛇が湧き出し、血管の中を這いずり回るような苦痛。

 これ以上、このままでいたら体が破裂してしまいそうだった。

 それを抑えようと、必死に体を掻きむしる。

 だが、皮膚が破れ、血が滲み、悪化するだけで、症状は改善されなかった。

 それでも掻き続けなくては、狂ってしまいそうだ。

 明かりの消えた部屋に、一人。

 私は孤独に戦った。


「ぜっ……ぜっ……」


 やっと痛みが和らいできた頃――。

 ふと、部屋の外に人の気配があるのに気づいた。

 よく知る女の気配。ずっと前からそこにいたようだ。


 女は決して部屋に入ることも、声をかけることもしない。

 それはプライドの高い私を良く知る、この女らしい優しさによるものだ。


「アキノ……もう、治まった。下がっていいぞ」

「……はい」


 障子越しに浮かぶ長い髪のシルエットが、遠ざかっていく。

 また一人になった。

 孤独を感じるより早く、気絶するような勢いで睡魔が襲ってくる。


 ――私に名前はない。

 周囲の者も、私をただ“彼”と呼ぶ。



―2―

 この苦しみの原因はわかっている。

 成竜の攻撃に私のアヤカシ、オロチを貫かれたからだ。

 オロチは体を穿たれ、回復不能なまでの傷をつけられた。

 おかげで私は、車椅子なしでは動き回ることができない体になってしまった。


 明朝、庭先に出て、日の光を浴びているとアキノがやってきた。

 車椅子の私に、黙って膝掛けを被せてくる。


「何か言いたいことでもあるのか?」

「牧原和泉が死んで二ヶ月になります。竜を放っておいて、よいのですか?」


 思わず自嘲しそうになるのを堪える。


 牧原和泉、サトリ使い。

 記憶や心を読めるという彼女の能力は情報収集に欠かせない。

 共生の道を探るためにも必要不可欠だと考えていたはずだ。

 なぜ、殺してしまった?

 あまりにも愚かな蛮行だ。

 竜の遺骸を見て以来、私は完全に自分を見失っていた。


「竜の使い手は、記憶とアヤカシを眠らせてしまった。今は不要だ」

「共生には竜の力が必要だったのではないのですか?」


 確かに私はそんなことを口走っていた。

 だが、それは無駄だと悟った。

 すでに半分とはいえ、竜を喰らっている。

 だというのに、私はこの様だ。

 竜を喰らっても共生は果たせない。

 力でアヤカシを抑えるのは、不可能なのかもしれない。


「今は別の可能性を探ってみたいんだ」

「ですが……」

「アキノ、共生はすべてのアヤカシ使いにとっても希望だ。これくらいで諦めたりはしない。
 ただ、竜にばかりこだわっていては、本来の目的を見失う」

「共生だけではありません。力あるアヤカシが敵対の意思を示したことが問題なのです」


 アキノの瞳が冷ややかな憎悪に光る。

 竜の使い手に復讐したがっていると直感した。

 あの戦い以来、アキノの妹は姿を消してしまい、私は毎夜苦痛にのたうつようになった。

 気持ちはわかる。私とて、竜の使い手が憎い。

 憎いだけではなく、肉を喰いちぎり、骨を砕き、八つ裂きにして殺してやりたい。

 衝動が身のうちを焼く。

 だが、それを無理矢理、抑え込む。

 額にじっとりと汗が滲み、呼吸が乱れた。


「……どうか、されましたか?」

「いや、少し気分が優れない。下がってくれ」


 アキノは無言で下がっていった。

 私も本音は今すぐ竜を殺してやりたいのだ。

 しかし、同時に理解し、危惧もしていた。


 この煮えたぎるような憎悪の衝動は――オロチに喰われている証拠だ、と。



― 3―

 これ以上、アヤカシを使えば危険だ。

 完全に喰われてしまうだろうと、本能的に悟っていた。

 そのため、大胆な行動を取れなくなっていたのは事実だ。

 夜毎の苦しみに、ひたすら耐え続ける日々。

 朝を迎えるたびに精神が磨耗していくのを感じていた。


 そうして、いたずらに半年が経過した、ある日。

 屋敷の中にあるアキノの私室を訪ねた。

 アキノは一人、クレヨンで描かれた落書きのような絵に見入っていた。


「何をしている、アキノ?」


 ようやく私に気づき、アキノは慌てて絵を引出しの中に隠してしまう。


「いえ……何か?」


 取り繕ったような無表情。

 それで何を見ていたのか、だいたい察しがついた。


「エイムがいなくなって半年以上になるな」

「……八ヶ月と四日です」


 やはり、エイムのことを考えていたらしい。

 行方知れずとなった夜明アキノの妹、夜明エイム。

 絵はエイムが子供の頃に描いたものだろう。

 大切に残しているくせに、隠しているのがアキノらしい。


「エイムが心配か?」

「いいえ」


 アキノは即答した。


「エイムは必ず戻ります」


 妹を信じている、か。

 だが心配していないわけではないはずだ。


「探しに行ってもいいんだぞ」

「その必要はありません」


 アキノが目を伏せる。

 滅多に表情を動かさないアキノにしては珍しい。

 嘘をついている。

 心配事は別にある、ということだ。


「今、私のそばを離れるのは不安か?」

「それは……」


 毎夜、苦しむ私を世話するでもなく、離れるでもなく、見守ってきたのがアキノだ。

 エイムを探しに行きたくても、私のそばを離れるわけにはいかないと考えているのだろう。

 そういう繊細さは、ときに嬉しく、ときに煩わしい。


「私はそんなに無能な人間か? 一人では何もできぬ愚か者か?」

「いえ、申し訳ありません。ですが、エイムを探すには手がかりがありません」


 ひれ伏す姿を見て、苛立ちを憶えた。


 私が命じれば、アキノはいつでも盲目的に従う。

 エイムは、機械的に従っていた。


 あの無感情な少女が、なぜ帰ってこないのかわからない。

 だが、現実に夜明エイムはここにいないのだ。


「エイムが帰ってこないのは、私のせいかもしれないな」


 私が喰われていると気づいたから、裏切った。

 らしくもなく自虐的な考えが頭をよぎる。


「エイムが裏切ったとお考えですか?」

「だとしたら、お前はどうする」

「そのときは私が、夜明エイムを討つでしょう」


 力強く断言する言葉に、私は不安を覚える。

 アキノは自分のした“誓い”を覚えているのだろうか。

 お前の役目は妹を討つことではない。

 お前が討つべき相手は、エイムよりもさらに身近な場所にいる。



― 4―

 竜との戦いから一年が経過した頃。


「アヤカシ使いの中に、おかしな動きをする者達がいるようです」


 アキノが重々しい口調で告げる。

 どうやら、裏切り者が現れたらしい。

 私に取って代わろうというのだ。


「前川からも報告があった。噂が原因らしいな?」

「……はい、そのようです」


 私が行動を起こさなくなって、一年。

 竜との戦いで負傷し“彼”は弱っている。

 だから行動を起こしたくても、起こせない。

 それが噂の内容だ。

 ほとんど事実なのだから侮れない。


 今すぐ、竜に復讐しろ――。


 心の奥から声が聞こえた。

 声はさらに続ける。


 ――そうすれば、お前の手下達も納得する。

 ――竜よりもオロチが強いと証明してやれ。


 私は思考を振り払おうと、抗った。

 しかし、この一年で私はすっかり弱っていた。

 苦痛にのたうち、眠れない毎日。

 何も行動を起こせず、死を待つ老人のように過ごしてきた。

 現状を打破したいという欲求は、抑えがたいほどだ。


「力を見せてやらねばな。私が健在であることを証明する」

「しかし! ……それでは、お体に触ります」


 一年間、私を見続けてきたアキノには、わかっている。

 これ以上アヤカシを使えば、私がどうなるか。

 だから最近、アキノは竜の話をしなくなっていた。


「心配するな。裏切り者を私の手で始末するだけだ」


 眠っている竜を倒しても力の証明にはならない。

 今、いたずらに竜を襲ったところで意味はないのだ。

 合理的な判断を下したつもりである。

 いや、単に喰われてるという事実を認めたくなかったのかもしれない。


 ――駄目だ。竜を殺せ、喰い殺せ!


 またも心の底から声がした。

 同時に湧き上がる憎悪の感情。

 それが濁流のように理性を押し流そうとする。

 抵抗した。

 すると、また体の中を蛇が這い始めた。

 胸を抑える。猛烈な苦痛。


「やめ……ろ……」


 絞り出した声はうめき。

 アキノが真っ青になって、何か叫んでいる。

 聞こえない。

 体中の血管が蛇になったように、ぞわぞわと肉の隙間を這う。

 車椅子から滑り落ちる。

 それを抱きとめる女の手――私は、気を失った。



― 5―

 昏倒してから、三日目の夜。

 あれから絶え間なく苦痛が続いている。

 気絶と覚醒を何度繰り返したろう。

 どうやら、オロチが私を喰い、完全に取り込もうとしているらしい。

 たとえこの場を乗り切っても、もう以前の私ではなくなっているだろう。


 部屋の外に、アキノの気配がある。


 二人の間にある“誓い”のことを思う。

 私がオロチに喰われたときは、アキノの手で命を絶ってほしい。

 アキノは、それを聞き入れてくれた。

 それが“誓い”だ。


 もう私は限界だと思う。

 だから殺してくれ、と頼もう。

 思えば一年前、あのとき死んでおけばよかったのだ。


 アキノを呼ぼうと手を上げたとき、外に別の気配が三つ現れた。



― 6―

 “誓い”を果たすこと。

 アキノはそのことを考えていた。

 これ以上、苦しませてなんになる?

 だからといって“彼”の命を断つ覚悟は固まらない。

 ……“彼”を愛しているから。

 だが望まれれば、そうせねばならない。


 夜明アキノは苦悩していた。


 縁側に立ち、漫然と庭を眺める。

 毎日のように見ているはずなのに、月光を反射する池が妙に印象的だ。

 そのときだった。“招かれざる客”がやってきたのは。


 屋敷の塀を乗り越えて、姿を見せたのは三人。

 全員、知っている顔だった。

 アヤカシ使い――それも“彼”に対し、謀反を起こそうとしていた連中だ。

 予想していたとはいえ、まずい。

 今の“彼”は戦える状態にない。

 アキノが一人で相手をせねばならないだろう。

 自然、声に怜悧な殺意が宿る。


「なんの用だ?」

「や、や、屋敷の結界が、き、消えてるぞ。やっぱ“彼”が弱ってるってのは、ほ、本当らしいな」


 屋敷にはこういった狼藉者が入れぬよう結界が張られている。

 だが“彼”が倒れたことで、結界は効力を失っていた。


「失せろ。一歩でも前へ進めば、裏切りとみなす」


 警告の声は鋭い。だが、虚しく夜の闇に溶ける。

 三人の男に聞き届ける様子は皆無。


「か、“彼”を倒して、オレ……たちが、アヤカシ使い、グギギッ、し、支配者になってやるるるるぅ」


 男の一人が人間とは思えない奇声を発した。

 ……こいつもアヤカシに喰われている。

 アキノは直感し、憎悪した。

 もうすぐ“彼”もこうなってしまう。

 認めたくない現実を見せつけられ、激情に駆られる。


 三人が一斉にアヤカシを出した。

 刹那、アキノの背後で一瞬、紅蓮の炎が揺れた。


 ――か、に見えた。


 それは深紅の矢と化した赤鬼の残像だった。

 夜明アキノのアヤカシ、アテルイ。

 その速さは、一条の閃光に例えられる。


 相対していたにも関わらず、あまりの速さに初撃は奇襲と変わりがなかった。

 瞬く間に二体のアヤカシを戦闘不能に追い込む。


 だが残った一体がアテルイの脇をすり抜ける。

 さっき奇声を発した男のアヤカシだ。

 攻撃の目標は、屋敷そのもの。

 中には、苦しみで立ち上がることもできない“彼”がいる。


 アキノは即座にアテルイを反転。

 敵のアヤカシに背後から爪を叩き込む。


 ――勝負あった、と確信する。


 秒殺ではあったが、危なかった。

 アキノとて相手の能力まで、完全に把握していたわけではない。

 瞬殺できるかは賭けだった。

 もし戦いが長引き、“彼”を人質にでも取られれば、敗北していただろう。


「ち、ちくしょう……今の“彼”についてってなんになる。

 裏切ろうとしてるのは……オレ達だけじゃ、ないんだぜ……」

「裏切り者は全員始末する、それだけだ」


 負け惜しみを言う男をアキノは轟然と見下ろす。


「グギゲ、キシュルルキシャヒャヒャヒャ!」


 突然、人外の笑い声があがった。

 先ほどから奇妙な声を上げていた、あの男だ。


 男は全身を痙攣させ、海老のように跳ねながら笑い続けている。

 アヤカシに喰われている者があげる独特の奇声。

 アキノは過去に何度も聞いたことがある。

 だが――それと比べても、常軌を逸している。


「まさか……!」


 ようやく気づいたアキノが、慌てて男にとどめを刺そうとする。

 だがそのときには、すでに手遅れだった。

 男のアヤカシが駆ける。

 使い手の腹の中へ吸い込まれるように飛び込んだ。

 腹が人間とは思えないほど、膨張していく。

 まるで破裂寸前の風船だ。

 男はもがき苦しみながらも、なぜか笑い続けている。


 そして――男の腹が破裂した。


 アキノは即座に男と距離を取る。

 やはり、と心の中で舌打ちした。


 喰われ過ぎたアヤカシ使いの末路――。

 使い手の心と体を丸ごと喰ったアヤカシの最終形態――。


 破裂した腹から出現したのは、アヤカシの完全体である。



― 7―

 部屋の外から異様な気配が漂ってきた。

 体力の限界を超え、苦痛にもがくことさえできなくなっていた私にまで、アキノ達の戦慄が伝わってくる。

 この感覚には、覚えがあった。


「まさか、完全体……」


 這うように布団を抜け出す。

 アキノのアテルイなら、完全体が相手でも互角に戦うはずだ。

 にも関わらず、大地を叩く轟音は一方的な展開を予想させた。


 突如、天井が崩れ落ちる。


 その向こう側から巨大化した、アヤカシの完全体が現れた。

 姿は弾力のありそうな球体だ。それに無数の口がくっついている。

 嫌悪を隠せないほどに、不気味で醜悪な姿。

 それが部屋ごと私を喰い殺そうと、すべての顎(あぎと)を開き、突っ込んできた。


 反射的にオロチを呼びそうになる。

 だが、アヤカシを使えば、アヤカシに喰われる。

 喰われかけている今、オロチを呼べば、取り返しのつかないことになるだろう。

 ……私もまた完全体への道に片足を突っ込んでいるのだ。

 あんな姿になってしまうなら、死んだほうがましだ。


 ためらう間に、赤い閃光が駆けた。

 アテルイの爪が完全体を切り裂き、怯ませる。


「ご無事ですか?」

「ああ……」


 全身あちこちに手傷を負ったアキノが、私を庇うように立つ。

 完全体はかまわず、何度も突撃を繰り返してきた。

 おそらく宿主の最期の意思が影響を与えてるんだろう。

 赤鬼を無視し、私だけを狙ってくる。


 その度にアテルイは完全体と正面からぶつかりあった。

 だが徐々に傷つけられて、動きが鈍っていく。

 私を庇いながら戦っているため、赤鬼は速さを生かした攻撃ができない。


 自分が足を引っ張っているという事実に、悔しさと同時に怒りが湧いた。

 私はもうアヤカシに喰われているのだ。

 守る価値などない。

 アテルイが傷つき、アキノが声を殺してうめくたび、もうやめろと命じてやりたかった。

 だが、再び蛇が全身を這い始め、声をあげることもできない。


「くッ」


 ついにアキノが膝を折った。

 完全体が邪魔者を消そうと牙を剥く。


 ずたずたに喰い殺される姿が容易に想像できた。


 脳裏を掠めたのは、出会ったばかりのアキノとエイムの姿。

 私のそばにいたいと言ったアキノに、好きにしろ、と答えた。

 最近は思い出すこともなくなっていた過去――思い出。

 柄にもなく、本当に柄にもなく。


 ――守りたい、と願った。


 刹那、背後に漆黒の巨蛇が出現した。

 ゆっくりと鎌首をもたげるのは、他ならぬオロチ。

 完全体の動きが止まる。

 無数の口からカチカチと歯の鳴る音が聞こえてきた。

 オロチの出現に、アヤカシの完全体が怯え、震えているのだ。

 獰猛な雄叫びをあげ、オロチが駆ける。

 完全体は、文字通り蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 オロチは顎を裂けんばかりに開き、いや実際に裂けて、さらに大きく開く。

 そのまま津波のように押し寄せ、不気味な球体をあっけなく丸呑みにした。


 オロチが食事を終えるや、身のうちを焼いていた苦痛が嘘のように消えさった。


 ――声が、聞こえる。


『次は竜を喰え。共生のためには、竜を喰うしかない』


 ……それでは駄目だと、学んだはずだ。


『半分しか喰ってないから駄目なんだ。全部喰え! 全部喰えば復活する!』


 無駄だ、考えろ。そもそも力で共生は──。


『竜を喰えば、圧倒的力が手に入る。オロチは無敵の存在となる』


 何を言ってるんだ、共生はどうなる?


『力を手に入れれば、そんなことどうでもよくなる。さあ、私の意思を開放せよ!』


 私? お前は誰だ? 私の中に別の意思が……やめてくれッ!?


 ――目を開くと同時、表面に現れたのは笑み。


「くくく、ふはははははは!」


 私の狂笑に、膝を突いたままのアキノが目を剥く。

 何を驚いているんだ、こいつは?

 崩れた壁から庭へ視線を下ろせば、まだ二人のアヤカシ使いが腰を抜かしてこちらを見ていた。


「完全体を……一撃で!」

「“彼”は弱ってるんじゃなかったのか!?」


 裏切り者の生き残りか。

 一睨みすると、二人の男は平伏して命乞いした。

 私は二人を許した。

 許した代わりに――オロチで丸呑みにしてやった。


 美味い、アヤカシを喰らうのは、こんなに快感だったのか!


 そういえば、竜を喰ったときの耽美な陶酔はこんなものではなかった。

 ……喰い残しはよくない。

 今度はもっと周到に準備して、徹底的に追い詰めてから、喰らってやろう。

 一年もあれば、準備は整うはずだ。


 今度こそ、竜を喰らう。


「はははははははは!」


 こみ上げてくる笑いを止められない。

 止めるつもりにもならない。

 月が不吉な赤色に輝き、私を照らしていた。


「そんな……」


 アキノが呆然と呟く声を背後に聞く。


 なにを嘆いているのだ、この女は。

 死を待つだけの停滞した日々は終わった。

 もっと楽しめばいい。


 これから始まる、決して明けることのない夜を──。

― 了―


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