■アヤカシ回顧録■

■第3回■
作:じんべい、籐太 / イラスト:TOMA


―1―

 アサクラ家のお嬢様が、フランスから帰ってきた。

 金髪碧眼の人形のような女の子は、パム・ウェルヌ・アサクラ。

 屋敷の前に出迎えたメイドや使用人達に、パムはピースサインをしてみせる。


「ピース! パムだよ」


 噂に伝わるイメージとかけ離れてた、子供っぽくて屈託のない笑顔。

 使用人達は、密かに安堵の息を吐いた。


 パムはアサクラ家の鬼子と呼ばれ、恐ろしい噂がまことしやかに囁かれていたのである。

 ――お付になったメイドで五体満足の者はいない。

 ――動物を殺すのが趣味だ。

 ――超能力が使える。

 ――また超能力で、人形の首をもぐように人間の首ももぐ。

 日本へやってきたのも、人を殺しすぎたため、フランスにいられなくなったからだとか……


 だが実際のところ、本気にしている者はほとんどいなかった。

 しょせん噂は噂。超能力なんてあるはずがない。

 ただ使用人達は、かなりのわがまま娘なんだろう、と覚悟していた。


「お待ちしておりました、パム様。こちらはこれからお仕えさせていただく者達です」


 屋敷の執事が、代表して他の使用人達を紹介した。

 だが、パムはよくわかっていないような顔をしている。


「にゅ? オツカエってうまい?」

「お世話させていただく、という意味です」


 かしずく使用人達をパムはゆっくりと見回した。


「ね、パムこわい?」


 突然、そんなことを聞いてきた。

 こんな愛くるしい少女を見て、恐れる者などいるはずがない。

 皆の顔に苦笑が漏れた。


「どうしてそのようなことを。ここにはパム様を恐れるものなどおりません」


 執事が答えた。

 するとパムはぱっと輝くような笑顔になった。


「じゃ、パムと遊ぶか!」

「ええ、もちろんですよ。ですが、先にお部屋のほうへご案内させていただきますので」

「わかった」


 パムが執事の手を掴むや――

 突然、まったく忽然と二人の姿が消えた。

 まるで映画やテレビに出てくる忍者のように、本当に消えてしまったのである。

 唖然とする使用人達は慌てて周囲を見回した。

 だが、そのときすでにパムと執事は屋敷の中にいた。

 消えたときと同じに忽然と姿を現し、掃除をしていたメイドは驚愕のあまり腰を抜かして、怯えた。



―2―

 パムの部屋は、瞬間移動して見せた本館ではなく、離れにあった。

 この離れには、パム以外の者は住んでいない。

 使用人達でさえ、本館で生活している。

 しかも離れには防犯のためと称して、ところどころに鉄格子がはめられ、扉は厳重に閉ざされていた。

 まるで豪華な独房のような場所だった。


「うみゅ、着いた。遊ぶぞー♪」


 パムは窓に鉄格子がはめられた部屋に連れて来られて、嬉しそうにはしゃいでいた。

 だが、顔面蒼白の執事は慌てて両手を振る。


「いえ、わ、私は用事がありますので……ほ、他の者に頼んでおきましょう」

「えーっ、今遊びたいー」

「す、すぐ呼んで参りますので、それまであちらの玩具で遊んでいてください……で、では」


 執事は逃げるように、部屋を出て行ってしまう。

 だが部屋の中には、たくさんの玩具があったし、遊んでくれる人は他にもいるようなので、まあいいかと思うことにした。

 しばらくすると初老の使用人が、荷物を持って部屋にやってきた。


「遊びに来たか?」


 熊のぬいぐるみで遊んでいたパムは、その足を掴んでひきずりながら使用人のところに駆け寄った。


「……い、いえ、私は荷物をお持ちしただけなので」


 だが使用人は早々に退出してしまう。

 無邪気だったパムの瞳から、冷たい輝きが漏れる。

 パムは、熊の足をちょん切って捨てた。

 代わりに玩具の中から、日本人形を取って遊び始める。

 そこに今度はメイドが食事を持って入ってきた。


「お前、パムと遊ぶか?」

「も、申し訳ありませんお嬢様。私は食事を持っていくように言われただけですので、す、すみません」

「う〜っ、なんで? パムと遊ぶやつ、すぐ来るって言ったじゃん! どうして来ないの?」

「申し訳ございません、申し訳ございません」


 不機嫌を露にするパムに、メイドはひたすら謝った。


 早くも使用人達の間で、パムの持つ異常な力に対する恐怖が広がり始めていた。

 噂は本当なんじゃないか、というものだ。

 それにこのパムを迎えるために作られた特別な離れ。

 使用人達は最初、パムの父親が娘専用の別館を作ると言い出したとき、過剰な親ばかと飽きれつつも、
 旦那様にもそういう面があったのかと微笑ましく思っていたのだ。

 しかし今は、パムを閉じ込めるための物だと理解していた。


「つまんない!」


 突然、パムの持っていた日本人形の腕が音もなく切り飛ばされた。


「ひッ」


 メイドは息を呑んで怯える。

 人形の腕は、まるで最初から胴体と繋がっていなかったのではと疑うほど、滑らかな切り口を晒していた。

 もちろんパムは刃物など持っていない。

 それどころか直接、手に触れてもいない。

 蒼白になったメイドは、必死に叫んだ。


「あ、遊びます! 私がお相手いたしますから、どうかお許しを」


 途端に冷たい瞳をしていたパムが太陽のように暖かい笑顔になった。

 それは同年代の子と比べても、ずっと愛らしいものだったが異常な力を見せつけられた後では、ただ恐ろしいだけだった。


「じゃ、外行くぞ」


 パムは左手にうさぎのぬいぐるみ、右手にメイドを掴むと、いきなり空間跳躍をした。


「きゃああああああ!」

「うみゅ?」


 突然、自分達が離れの屋根の上に現れたのを知り、メイドは恐慌した。

 さっきまで部屋の中にいたのに、どうして屋根に登っているのか?

 メイドは煙突にしがみついて泣き始めた。


「なんで泣いてるの、楽しくなーい?」

「も、申し訳ありません、お嬢様、私……た、高いところは苦手です」

「あはははは、お前よえーな」


 次の瞬間、しがみついていた煙突が消え、芝生の上に座っていた。

 今度は、庭の中に空間転移したらしい。


「もう高くないぞ」


 パムは笑顔だった。

 だがメイドはもう限界だった。


「申し訳ございません……はあはあ、本当に申し訳ございません」

「うみゅ?」

「私……き、気分が……」


 嘘ではない。

 メイドは恐怖のあまり、眩暈と吐き気で立ち上がることもできなかった。

 だが、それを見たパムの瞳はぞっとした冷たさを帯びる。


「お前もパムがこわいのか?」


 実際のところ、パムは“怖い”という感情を知らない。

 怖いと感じたことが一度もないからだ。

 だがフランスでも周囲の人間は皆、“Effrayant(=怖い)”と言って、離れていった。

 パムにとって“怖い”というのは自分を除け者にする言葉だった。


「お、お許しください……」


 メイドの喘ぐような懇願。


「つまんない」


 次の瞬間、パムが持ってきたうさぎのぬいぐるみから――首が飛んだ。



― 3―

 パムは屋敷を抜け出した。

 通行人が飲んでいた缶ジュースをいきなり真っ二つにして驚かせたり、アスファルトを切り裂いて怖がらせたり、
 つまらない悪戯をして一人で遊んだ。

 誰もパムの仕業だと気づかない。

 それがおかしかった。


 夕暮れが近くなった頃、パムは路地裏を歩いていた。

 すると突然、黒い服を着た男達に取り囲まれてしまう。


「うみゅ、まっくろくろすけ?」


「こいつであってんのか?」

「ああ、間違いねえだろ」


 ひそひそと話す男達にパムは不思議そうに首をかしげた。


「お嬢ちゃん、アサクラ家のもんだよな?」

「パムはパムだよ」

「やっぱりな、パム・ウェルヌ・アサクラだ」


 黒服の男がにやりと笑う。男達は誘拐を企てていた。

 資産家であるアサクラ家から、身代金をせしめようと画策していたのだ。


「う? パムと遊ぶのか?」

「ああ……いいぜ、おじさんたちと遊ぼうか」


 パムは心底、うれしそうな笑顔になって喜んだ。

 男達も笑顔だったが、それは種類の違う笑顔だったろう。


「じゃあ、目隠しするけどいいかい?」

「うん、めかくしー♪」


 疑うことを知らないパムは目隠しをされ、後ろ手に手錠をかけられた上、車のトランクに放り込まれても、ずっと楽しそうに笑っていた。

 本気で遊びだと勘違いしてるらしい。


「……ちょっと、ちょろ過ぎないか?」

「しょせん、ガキってことさ」


 誘拐犯は、自分達がどれだけ危険なことをしているか知らない。

 車を発進させて、10分後――やっと自らの無謀さに気づくことになる。

 突然、トランクにいたはずのパムが助手席に現れたのだ。


「な、何!?」

「めかくしあきた。今度は鬼ごっこしよ♪」


 男達が驚く間もなく、車が真っ二つに裂けた。

 車は走りながら左右に分かれ、ガードレールに突っ込んだ。

 全身血だらけになりながら、男達は車から這い出てくる。


「な、何が……どうなってんだ?」


 すると、今度は目の前のアスファルトが紙のように切り裂かれた。


「パムが鬼だからな。ほら、早く逃げないと死ぬぞ」


 次々とアスファルトに裂け目が走って、男達はけたたましい悲鳴を上げて逃げ出す。


「あはははは、待て待てー」


 それを追うパムは、本当に楽しそうだ。

 無邪気と言ってもいい。

 やがて、アスファルトの裂け目が男達に追いつき、迫る。

 誘拐犯達が真っ二つになろうとしたとき、突然、看板が飛んできた。

 それが、見えない“何か”にぶつかってひしゃげる。

 同時に裂け目の動きが止まった。


 その隙に男達は、逃げ去ってしまう。

 振り返るとジャージを着ただらしなさそうな男が立っていた。

 へらへら笑って、厚い唇を歪ませている。

 男の名は前川彰男。


「やれやれ、やっとみつかったぜ」

 前川はずっとパムを探していたかのような口ぶりだった。

 だが、遊びを邪魔されたパムは不機嫌になっていた。


「お前、邪魔したな!」


 パムの背後で、真っ黒いてるてる坊主のような姿が浮かぶ。

 それが、前川には見えた。


「へえ、それが嬢ちゃんのアヤカシか?」

「うに!? おっちゃん、テンが見えるの?」

「ああ、見えるぜ。オレは嬢ちゃんの他にも、同じような奴をたくさん知ってるからな」

「おおっ、テンのともだちだ! 遊ぼう!」


 邪魔をされたことも忘れ、パムは興奮気味に天狗のアヤカシを操る。

 てるてる坊主のマントの部分が裂けて、無数の帯となった。

 それが空間を断裂する槍となり、瞬刻のうちに襲い掛かる。

 前川は見えていると言いながらも天狗の攻撃を避けようともせず、突っ立ったままだ。


 アスファルトさえ紙のように切り裂く斬撃が、一溜まりもなく前川を切り裂くかに見えた刹那。

 車の部品や電柱、果てはガードレールまでが飛んできて、天狗の攻撃をすべて弾いてしまう。


「すごい、すごい! おっちゃん、強い!」


 攻撃を防がれたはずのパムが、瞳をらんらんと輝かせて喜んでいた。


「でもパムのほうが強いんだぞ」

「だろうな」


 次の瞬間、パムが空間跳躍。

 前川の背後に現れて、無数の帯を繰り出す。

 だがあらかじめわかっていたかのように、またもすべての攻撃が弾かれる。

 本来なら空間を断裂させる能力にとって、物体を飛ばしただけでは防御にならない。

 理由はわからないが、前川の周囲だけ天狗の空間を断つ能力が鈍るのだ。

 それだけではない。

 街中で“遊んでいる”というのに、周囲にまったく人が現れない。

 おそらくそれが前川の能力なんだろう。

 しかしパムにとって、そんなことはどうでもよかった。

 何度も空間跳躍し、何度も攻撃を仕掛ける。

 パムが全力で遊んでも、前川は全て防いでしまう。

 今まで出会ったどんな人間も、どんな玩具も、パムが遊ぶとすぐ壊れてしまったのに、前川は壊れない。


「あはははは、パム、こんなに楽しいの初めて!」

「おいおい、もう疲れちまったよ、降参だ降参」

「えー、やだよ! もっと遊ぼーよー」


 パムは前川のところへ駆け寄ると、ジャージを掴んで不満そうに引っ張った。


「もう歳なんだから、勘弁してくれよ」

「おっちゃんもパムがこわい?」


 これまでにないほど、パムの瞳が冷たくぞっとする輝きを放つ。

 だが前川は何事もないように微笑む。


「怖いはずねえだろ、仲間だからな」


 きょとんとするパムの頭にぽんと手を置いて撫でてやる。


「じゃあ、どうして遊んでくれないの? 遊んでくれないなら、おっちゃん殺すよ」

「仕方ねえなあ。じゃあ、他にもっと遊んでくれる奴を紹介してやるよ」

「本当? そいつ強い?」

「ああ、強い強い。ほら、飴やるからよ。それで我慢してくれ」

「あめ? あまいのすきー♪」


 前川にもらった飴を頬張って、パムはにこにこと笑っている。


「さてと、そんじゃ行くか」

「行くー♪」


 ご機嫌のパムは、疑うこともなく前川についていき、“彼”に会うことになる。

 その後、前川に『竜の使い手となら、たくさん遊んでいい』と言われて勘違いしたパムは、悠の前に姿を現すのだった。



― 了―


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